大阪教育大学附属天王寺中 合格

​U.Y.くん

 僕は、今年大阪教育大学附属天王寺中・高等学校を受験し、合格しました。この瞬間が日々の努力が実った瞬間です。

 僕がMST進学塾に通い始めたのは、小学5年生の時です。当初は、どの先生の楽しい授業をしていただいていたので、塾に来ることが楽しみにでした。5年生の夏期合宿では模試を受けました。模試の結果が返ってきたとき、点数が目標ラインに達していたので、自信がつきました。このころ、自習室にも行き始めました。自習室では雰囲気が良く、勉強しやすかったです。

 6年生になった頃、本格的に受験勉強を始めました。その頃から、気を引き締めていきました。4月に新入生が入ってきて、塾に来ることがさらに楽しくなりました。

 7月の大教大附属天王寺模試では、A判定が出たので自信がつき、より一層勉強に励めるようになりました。

 夏期講習に入ると、塾の雰囲気が少し変わり、新しいテキストも配られ、受験への意識が高まりました。夏頃から松島先生の補習を受けて、国語の成績がグンと上がりました。しかし、コロナ禍の影響で、夏期合宿がなくなって5年生とは違いました。でも、ここが正念場だと思い、勉強に打ち込みました。

 10月になって、赤本を解き始めました。初めの方は赤本の点数が全く取れませんでした。でも、やり直しや先生に質問することによって、少しずつ点数が上がっていきました。赤本を解くときに一番大切だと思うことは、苦手単元をなくすことです。苦手単元があると、思うように点数が伸びません。だから苦手単元をなくすことに力を入れました。

 11月に五ツ木・駸々堂のテストがありました。このテストを本番だと思って臨みました。結果は、国語がすごくよかったので、とても嬉しかったです。​

 12月に入ると、とうとう受験1ヶ月前になったので、改めて気合を入れ直しました。この頃は、最新の問題を解くのではなく、解いた問題を復習する、という形にシフトチェンジしました。そして、どういう傾向で出題されるかという「赤本研究」も欠かせません。12月の実力テストで、国語の成績が下がっていたので、国語を他教科よりも1.5倍頑張りました。

 1月に入ると、最後の調整をしていきました。僕の場合、家では集中できなかったので、河内小阪にある休憩室を借りて勉強しました。受験の2週間前ですが、あまり緊張しませんでした。緊張すると脳が回らなくなり、効率よく勉強することができません。だから、少し余裕を持つことも大切だと思います。ただ、余裕を持ちすぎると、過信してしまうので、緊張と余裕の比を9対1にすればベストが出ると思います。

 受験当日は、6時に起きました。朝食はなるべく早くとりました。朝食は多めにとり、消化の良いものをとりました。そして、受験会場が開く5分前に着くように電車に乗りました。電車の中では、一問一答の復習をしました。糖分は頭の栄養になると聞いたので、チョコを食べました。

 学校に着くと、さすがに少し緊張しました。でも、日々の自分の努力を信じて、やれることはやろうという気持ちになりました。教室の中を見回すと、「自分はこれからこの人たちと闘うことになるんだ」という実感がわいてきました。この時は、不思議な気持ちになりました。心の片隅でワクワクしてきました。

 1時間目は国語で、僕には有利だと思いました。なぜなら、国語は苦手科目で、最も良い精神状態で受けることができるからです。国語はベストを尽くすことができたので、自信がつきました。次の算数は難なくクリア。と、いうのも制限時間が40分から30分に短くなっていたので、その分問題が容易になっていました。次の理科、社会が合格と不合格を分ける教科なので、気を引き締め直して頑張りました。テストが終わると、心の中が解放感で満たされました。

 試験と合格発表には、4日ほどの間がありました。そこで、奈良女子大附属中等教育学校の勉強をしました。

 21日の合格発表の日はなぜか早く目覚めました。合格発表の会場に向かう途中、試験を受けた時よりもものすごく緊張しました。

 合格発表の会場に着くと、深呼吸をして中に入りました。初めは自分の番号がなくて焦りました。でも、落ち着いて見ると自分の番号がありました。その瞬間、頭が真っ白になって、胸が達成感で溢れました。

 入試という大きな出来事を通して、驚くほどに集中力が上がっていました。そして、読解力・語彙力などの様々な力が身につきました。

 受験というきっかけを作ってくれた両親、これまで支えていただいたMST進学塾の先生方、本当に感謝しています。ありがとうございました。

大阪教育大学附属平野中学 合格

​四條畷学園中学(3年コース) 合格 特待生

​亀島誠志くん

 私が受験をした理由は、まず今の小学校のメンバーと同じまま、みんなと同じ中学校に上がりたくなかったことと、私は将来グローバルな仕事がしたかったので、グローバルなことに力を入れている学校に行きたかったからです。

 そこで、学校選びをしている中、同じ習い事をしている子が、大阪教育大学附属天王寺中学を受験していて、当時選考科目が8教科だったので厳しいと思い聞いてみたところ、大阪教育大学附属平野中学校という学校を知りました。

 そして、その学校はグローバルなことに力を入れており、会社の会議などで使うディベートにも力を入れていたので、その学校を志望することにしました。私は小学校4年生の3月頃から入塾しました。

 私はとても勉強することが楽しくて、入塾当初から授業後に自習室に残っていました。そこからだんだんと成績が上がってきて、国語・算数・理科・社会の4教科とも調子が上がってきて、苦手科目だった算数も偏差値が65くらい取れるようになってきました。

 

 でも、そこでコロナウイルスが流行し始め、塾の授業がオンラインになると動画を見るのが結構遅れていました。オンラインが明けた時の実力テストで、得意教科である国語はあまり下がらなかったけれど、それ以外の教科はかなり下がっていました。

 

 だから、8月で受験の基本である算数に力を入れると、成績が上がり挽回できましたが、国語が下がってしまい、各教科の成績のバランスを保つことの難しさを痛感しました。

 

 そのままBテストに挑んだ結果は、先生から言われていた通り、偏差値が7ぐらい下がりました。その時に、私はこのままではいけないと思い、勉強しました。それでも理科は上がりませんでした。だから理科の宿題をやり直しまでしっかりした結果、理科の偏差値が40台から65まで上がりました。そして、本番直前は自分の赤本で間違えた問題をノートにまとめ、何度もその問題を解けるようにして対策した結果、大阪教育大学附属平野中学の問題のクセに慣れてきました。

 そして、受験当日、いつもの行動をとり、リラックスしながら解きました。すると試験後自信満々でした。そうすると見事に一次を突破しました。そして二次試験後、確実と言っていいほどの手ごたえをつかんでいました。

 そして、合格発表当日、ボードがめくられたときに真ん中近くから探したが見当たらず最初から見直すと、一番最初にあり、びっくりしました。そのあとずっと浮き足だったままでした。受験についてはいろいろあったけれど、合格できたことを嬉しく思います。

関西大学第一中学 合格

​明星中学(特進) 合格

近畿大学附属中学(プログレス) 合格

寺田悠眞くん

 僕が受験をした理由は、3年生の時に他の習い事の先輩が受験をして合格しているのを見て憧れたからです。そして、自分も合格という境地に行ってみたくて受験しました。そこで、この塾に出会いました。この塾はとても雰囲気が良く、学びやすい塾だなと思いました。

 そして、受験勉強をすると、思っていたよりも大変なものがありました。それは、苦手教科の克服でした。僕の場合は、算数と理科が苦手教科でした。まず、僕は理科を克服しようとしました。最終的には20点近く点数は上がりましたが、上がるまでずっと理科を克服するのが辛く、憂鬱でした。

 そして、算数の克服も残っていたので、考えると心に余裕を持てず、とてもしんどかったです。けれども、今になって分かることがあります。それは、基礎的なものをもっとしっかりやっていたら、苦労せず勉強できていたと思います。そして、入学試験の当日までに、算数の克服は出来ませんでした。だから、入学試験でも算数はあまり出来ませんでした。だから、志望校に合格するのかとても不安でした。

 

 しかし、僕は予想を覆して、3校受けた中で3校とも合格することができました。自分の中でもこの3校合格はとてもびっくりです。そして、合格と聞いたときは、ホッとして実感が湧きませんでした。けれど、どんどん実感が湧いてきて、最初に言っていた合格の境地に行くことができて、とても嬉しかったです。

​ そして、この合格を無駄にしないように中学校に頑張っていきたいです。

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